レ・ミゼラブルで有名な小説家Victor Hugo(ヴィクトル・ユゴー)と著作権

ヴィクトル・ユゴーといえば、フランスを代表する文豪であり、代表作として、「レ・ミゼラブル」や「ノートルダム・ド・パリ」などがあります。
特にヴィクトル・ユーゴーが1862年に執筆したレ・ミゼラブルは、ミュージカルにもなり、2012年に映画化もされたので、ご存じの方も多いと思います。

ヴィクトル・ユゴーは、文豪であるというだけにとどまらず、政治家・思想家としても活躍していました。
すでに、ヨーロッパ連合の思想の提唱者でもあり、死刑廃止論者でもありました。これらの思想がヨーロッパにおいて1世紀半を経て実現しているということは、大変な先見の明の持ち主だったのではないかと思います。

ヴィクトル・ユゴーは、国際著作権法学会(association littéraire et artistique internationale 略して「ALAI」)の創設者でもあります。
ALAIは、1878年にフランス文学者協会(Société des gens de lettres de France)の発意により第1回大会が開催されています。

その総裁がヴィクトル・ユゴーで、開会の辞を述べ、また、第1回大会において著作権に関する見解を以下論じています。
著作権に焦点を絞った国際会議が、文学者の団体から提唱されたことは、フランスの文学者の権利意識の高さを示すものであり、驚きを禁じ得ません。
ヴィクトル・ユゴーは、第1回大会4日目(1878年6月17日)に、次のような発言で、著作権の大原則を明らかにしています。

「思想は万人に帰属します。したがって、所有物にはなり得ません。それゆえ、文学的所有権(著作権)は存在しません。思考する自由と思考との妙な混同がみられます。まず、思考する自由は万人のものですが、思考は個人的なものです。思考、それは自我です。次は、抽象的なものである思考と、物質的なものである書籍との混同です。作者の思考は、思考として、それを差し押さえようとするものの手から免れるものです。思考は、人間の精神から精神へと飛び立ちます。思考は、この天の恵みを有し、この力を有します。人づてに瞬く間に広がるものです。しかし、書籍は思考とは異なります。書籍は、書籍としては差押え可能です。時々、差し押さえられるほどに、差押え可能です(一同、笑)。
(中略)
原則は、二重ですが、原則を忘れないようにしましょう。書籍は、書籍として、著作者に帰属します。しかし、思考としては、人類に帰属します(人類という言葉はそれほど壮大ではないのですが)。
あらゆる知性は、そこに権利があります。もし、二つの権利-つまり、作者の権利と人の精神の権利-のうち一つが犠牲を強いられなければならないとすれば、それは確実に作者の権利でしょう。というのは、公益は、我々が唯一配慮すべきもので、私は明言しますが、全て、我々よりも重要です(会場承認)」

著作権法2条1項1号は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と定義しています。
この定義は、著作物は、思想または感情の創作的表現で、思想や感情そのものではないということを裏から示しています。
思考・アイデアは万人のもので、特定人が独占できるものではないという原則は、ヴィクトル・ユゴーの上記発言に明確に現れているといえます。

小説家Victor Hugo(ヴィクトル・ユゴー)の発言から保護期間についての考察