原稿やデータを受け取った出版社が注意すべき点

出版社は、著者から原稿やデータを預かり、それを元に書籍などを制作して出版しますが、その原稿やデータの取扱いを巡って、著者とトラブルになるケースがあります。
実際に、ご相談を受けた例として、預かっていたデータを第三者に渡してしまったという例や、それだけでなくデータを第三者に渡してしまったところ、渡した先がデータを流用したという例もありました。

参考となる裁判例

このようなケースを考えるにあたり、出版社が漫画の原稿を返却しなかった行為に不法行為責任が認められた裁判例が参考になります(東京地裁平成10年10月22日判決)。

上記裁判例の事案は、次のとおりです。原告は、漫画家であり、被告らは原告の漫画(「本件作品」)を単行本(「本件書籍」)として出版していた出版社とその代表取締役でした。
原告は、別会社から本件作品の復刻版を出版したいとの申し入れを受け、被告会社に預けていた漫画の原稿を返却するよう求めましたが、被告会社は返却を拒否しました。

その後、別会社からの復刻版出版の申し入れは別会社の事情により撤回されてしまい、原告は得られる予定の印税収入を失ってしまいました。
そこで、原告は、被告会社に対し不法行為または債務不履行を理由として、被告会社代表取締役に対し代表取締役の責任を理由として、損害賠償請求しました。なお、被告会社は、後日、原告に対し、原稿を返却しています。

裁判所の判断

裁判所は、
「原告と被告会社の間の約定が出版権設定契約であったとすれば、その期間につき別段の定めのない本件においては、被告会社の出版権は、最初の出版があった日から3年を経過した時点(略)で消滅したことになるから(著作権法83条2項)、右契約に基づいて本件原稿の返却を拒むことができるとはいえない。
また、原告と被告会社の間の約定が単なる出版許諾契約であったとすれば、被告会社は、原告と約定した部数の本件書籍を印刷し販売することができるにとどまるのであって、前記認定(略)のとおり、被告会社は原告と約定した部数の本件書籍を既に印刷し、現在は在庫の部数の販売を継続しているにすぎないものであるから、本件書籍の印刷を完了した時点で被告は本件原告を原告に返却すべき義務を負っていたものである」
と判断し、加えて、漫画原稿を返却しなくてよいという商慣習の存在を否定し、被告会社の原稿の返却拒絶を不法行為と認定しました。

その上で、裁判所は、原告が本件原稿の返却を求めたときに被告会社が応じていれば、印税収入を得られたのに、被告会社の返却が遅延したので印税相当の収入を失ったとして、不法行為に基づく損害賠償請求を認めました。

コメント

まず、出版社の手元にあった原稿ですが、裁判例の事案では、原稿の所有権は原告にあり、被告はこれを預かっていたということが当然の前提となっています。そこで、出版社は、原稿やデータはお預かりしているものとして、それにふさわしい管理が求められることになります。

ところで、上記裁判例の事案では、著者と出版社との間に契約書が交わされていませんでした。そのために判決では、出版権設定契約が設定されていた場合と出版許諾契約であった場合とに分けて判断しています。

通常、契約書がない場合、契約内容は当事者の合理的意思解釈によって判断されますが、本判決の事案では、どちらに解釈されても、出版社に言い訳の余地はないことになります。契約が終了してしまえば、出版社が原稿を占有できる占有権限はありませんので、占有継続は不法行為と判断されてもやむを得ません。

なお、上記裁判例の事案では、被告である出版社は、当該漫画を他社から出版されたくないと考えていたようで、裁判前に、原告が原稿の執行官保管を求める仮処分を申立てたのに、返却しなかったという事情がありました、これも、被告にとってマイナス要因となったように感じます。